浅間大社の起源

浅間大社

世界文化遺産の構成資産の一つとなった富士山本宮浅間大社。富士山の大噴火によって荒廃していた紀元前30 年前後、時の垂仁天皇(11 代)がこれを憂い、山麓で祭祀を行ったことが起源と言われます。

さらにそこから100 年以上後、ヤマトタケルが東征で賊徒に襲われた際、富士浅間大神に祈念して賊徒を打ち払うことが出来たことから、山宮浅間神社の地に祀られました。

806 年に平城天皇の命で、坂上田村麻呂(清水寺も創建)が大宮の地に大規模な社殿を造営し、山宮から大宮に遷座しました。

祭神は「コノハナサクヤヒメ」で、夫のニニギノミコトとの間に3 人の子が産まれます。ホデリ(海幸彦)、ホスセリ、ホオリ(山幸彦)で、三男の山幸彦が初代神武天皇の祖父にあたります。

いずれも、神話や後世の記録に基づくものが多いため、100% すべて史実かどうかは確かめる術がありませんが、古代日本の創建に関わったエピソードが、富士山や富士山本宮浅間大社にある、ということは非常に壮大なロマンを感じるところです。

■詳しくは富士山本宮浅間大社のホームページヘ

富士山本宮浅間大社:御由緒